着色前の下地をつくる「磨き」の職人
「磨き加工」の職人は、機械加工では扱えない部分を手作業で補っていくため緻密な技術を要する。「磨き」は色をつける前の下地を作る行程。磨きひとつで仕上がりに格段の差が出るため、品質を保つには欠かせない重要な作業だ。
レシーバー、バレルなどの色つけ前の磨きを担当している山崎は、「磨きの甘さは品質に直結します。形状に応じて細かい部分に手をかけなければいけません。やすりをかけた後の角張った部分やアール部分を柔らかく、温かみが残るように誠意を持って磨くように心がけています」と、手作業であることの意味を説く。
「技術とは理屈ではない」と叩き込まれた
普通科の学校に入学し、特にものづくりを目指していたわけではないが、ミロクの陸上部が優秀だったことが最初のきっかけになった。在学中は陸上部だった山崎は、先生から「陸上をしながら働けるよ」と勧められ、家から近かったこともあり就職を希望したのだ。
入社してみると、初めて扱う工具、初めて知る作業に戸惑うことばかり。当初は「ローラー彫刻」という、金属フレームの側面に版画のように模様を彫りこむ作業を担当した。
当時の先輩からは、「とにかく理屈じゃない」と叩き込まれた。全て理屈で通るようなら機械でも可能だ。機械では加工できない部分が回ってくるのだから、必然的に様々な状態のものが流れてくる。それらの形状をよく見て、適切な磨きを行っていく。誠意を持って取り組めば経験値が上がる。経験を積めば、似たような形状のものはそのバリエーションだとわかるようになり、またできる仕事が増えていく。技術とはその積み重ねだと「しつけられた(笑)」と山崎は笑う。
「長く働いたらできるようになっていただけです。そんな大したことじゃないですよ」と謙遜するが、長きに渡り「考えながら」技術を積み上げていくことは決して誰にでもできることではないだろう。
山崎は、新人にはなるべくいろいろな作業に取り組むように指導している。それは、ずっと同じ仕事を行っているといつしか流れ作業になり、辛くなるだろうとの配慮だ。
「自分はいろいろなことに取り組ませてもらって、それが面白かったので仕事に対して苦痛はなかったんです。先輩たちには『失敗してもいいから思い切ってやれ』『未経験のことでもやってみることが成長につながる』と尻を叩かれました。それが今に繋がっているのだと思います。そうした『とりあえずやってみる』精神を、後輩たちにも伝えていけたら、と思っています」
ものづくりの業務では「器用さ」や「技術を磨く」ことばかりに目を向けがちだが、コミュニケーションの土台がないと職人としての技術は向上しない。目的を達成するための手段として人と関わり、人が求めるものを察知し、わからないことは素直に聞く、「会話」のスキルがないと成り立たない仕事でもある。
「まずは、職場のメンバーとよく話すことを推奨したいですね。上司や同僚、部下などを含めて、いろいろな人と話をすること。そうするうちに、相手の求めるものがわかるようになる。そうなって初めて技術を磨く素地ができるんじゃないでしょうか」
定年退職まであと数年、ミロクの伝統を繋ぎ続けていく
長く働いていると、社会の厳しい一面も見えてくる。20年ほど前は会社の業績が伸び悩み、やむなく去っていった先輩たちを見送ったこともある。そういう時代を支えてくれた諸先輩に感謝しながら、残った者として奢ることなく業務に取り組んでいかなければいけない。
「定年退職するまであと数年間しかない。人生の半分を過ごし、自分に多大な影響を与えてくれてお世話になった会社に感謝の意を示すため、今後は後進の育成にも取り組んでいきたいと思っています。これまで身につけてきた技術、知識、知恵を後輩に1つ1つ確実に伝えていくことで、微力ながらも会社の発展に向けて力を尽くせると思います」
ミロクの伝統が山崎の半生を後押しした。今後またその伝統が、新しい人生をつないでいく。